「松子ちゃん,彼ね一人で戦ってたの。今も戦ってる。主人と私はそれに手を貸すわ。」
千賀の優しい声が沁み渡る。この安心感と言う物に今までどれ程救われてきたか。自然と滲む視界に千賀が映りこむ。
「あの女将に負けちゃ駄目。周りがとやかく言おうと松子ちゃん達の関係は三人だけの物なの。他が首を突っ込んでいい物じゃない。
それにあなた達は信頼関係で成り立ってるでしょう?なのにそれを周りの意見で崩す必要はないわ。
よく考えて?あなた達がどうなろうと周りは何の責任も負う必要なんてないんだもの。
だから周りに壊されちゃ駄目。」
「千賀様ぁ……。」 魚尾紋消除
ぼろぼろ泣き崩れる三津を千賀は優しく抱きしめた。
「好かれる女も辛い立場ねぇ。女将はそれが妬ましいんでしょうけど,妬むより好かれる努力を何故しないのかしら?
気に入らない相手を排除したってそんな相手次から次へと現れるから意味ないと言うのを教えて差し上げないとねぇ。」
三津は千賀の胸に顔を埋めていたから知らない。その時千賀が意地悪い笑みを浮かべていたなんて。
町民の姿に着替えた元周は高杉と入江の後を追った。
「いやぁやはりこの格好は楽でいいな。」
「わざわざ着替えて……。」
上機嫌な元周に高杉はうんざりした顔をした。元周はお前らは礼儀も何もないなと無礼を咎めるが然程気にもしていない。
「お楽しみの様ですがこちらは結構深刻ですからね……。」
女将の行動の予測がつかない入江には得体の知れない恐怖しかない。三津に危害が及ばないのだけが安心要素ではあるが,本当に収集のつかない事態になれば……と思うと気が重い。
「とりあえずその女将とやらを近くで見ん事にはな。」
「多分店を閉めたら屯所に来るでしょう……。」
「だろうな。楽しみだ。」
元周はそう言うと気持ちが逸るせいか二人の先を行った。
屯所まであと少しの所で,道端に佇む人影を見つけた。
「あ?セツさん?」
高杉達に気付いたセツは両手を振ってそっちへ駆け寄った。
「どしたセツさん。」
「あの女将が来とるそ!今日も入江さんと会う筈なのに来ないって!山縣さんが仕事で出とるって言ったら会うまで帰らんてまだ屯所に……。」
「くくっ!予想が外れたなぁ!夕刻までも待てんとは随分愛されとるなぁ。」
引き攣った顔の入江を見て元周は愉快愉快と声を上げて笑った。
二人と居るのが元周と気付いたセツは慌てて頭を下げたが,元周はいいから早く戻って女将に会うぞと目を輝かせた。
入江は本当に頼って良かったのかとまた自問自答した。「本当に話しが通じないんですよ……。山縣さんが入江さんは奇兵隊としての仕事があると何度言っても,彼の仕事は私と一緒にお店をやる事だから出してくれるまで帰らないって……。」
「はぁ?頭大丈夫か?」
「晋作,狂っとるけぇこうなっとる。」
元周はずっと喉を鳴らしている。そんなに人の不幸が面白いかと入江はどうしても睨んでしまう。
「セツさんすみません……ご迷惑を……。」
「何言ってんのぉ!あんなのに負けてられないわよ!!私らは何があっても入江さんとお三津ちゃんの味方やけぇそんなん言いなさんな!!」
セツの喝に入江は弱々しくも笑ってみせた。
「参謀,お前はそのセツさんと少し隠れておれ。高杉と我で対応する。」
入江とセツは顔を見合わせてから承知しましたと屯所の近くに身を潜めた。
屯所につくと玄関から揉めるような声が聞こえた。
「騒がしい。」
高杉が玄関の戸を勢い良く開けて声の主をギロリと睨んだ。
「何の騒ぎや。」
「三津さん一旦綺麗な景色でも見てその目の穢れた記憶を消しておいで。赤禰さん,高杉の処分は私がしますので三津さんを海に連れてってあげてください。」
「おう……。」
腕がなるわぁと嬉しそうな文を見て赤禰は高杉の命はないなと確信した。そんな現場をフサに見せていいものかとフサも海へ誘ってみたが,
「姉上にそんな穢らわしいモノを見せた罪人の最期を見届けねばなりませんので。」
と断られた。魚尾紋消除 顔には出てないが相当怒ってるんだなと赤禰は理解した。
そして両目を押さえてシクシク泣いてる三津の肩を抱いて屯所を出ようとして門の所でまた厄介な人物と出くわした。
「赤禰君,三津の肩なんか抱いて何処へ行くんだい?」
「桂さん……いや,これには理由が……。」
「小五郎さん?今度は目が穢されました……。」
両手を外して桂を映した両目からぼたぼた涙が零れた。桂は三津の頭を撫でてどうしたと事情を聞いた。
「高杉の馬鹿が三津さんに自分の粗末なモンを見せつけたようで。なので今から海を見せて目を浄化しようと……。」
「は?そんなモノすぐに斬り落としてやる。赤禰君晋作は何処だ。」
「縁側の方で今文ちゃんから裁きを受けてるかと……。」
「分かった。赤禰君は三津を海に連れて行きなさい。」
桂は物凄い速さで屯所の中に消えて行った。「晋作!晋作は何処だ!?」
「桂さんか!?助けてくれっ!!死ぬ!俺死ぬっ!!」
高杉の悲痛な叫びが聞こえた方へ駆けつけると,
「頼むから命だけはっ!!」
高杉は文に羽交い締めにされ襷掛けに鉢巻までしたフサに長刀を突きつけていた。その脇には下帯一枚で正座させられている入江もいた。
「あっ桂様おかえりなさいませ。今手が離せませんのでしばしお待ちを。」
フサは真顔で一度桂を見たがすぐに標的を見据えた。その立ち姿はかなりの手練と思わせる雰囲気だ。
「ごめんって!ごめんってぇ!」
「煩い。潔く逝け。三津さんにまで汚いミミズ見せやがって。」
「誰がミミズじゃ!アオダイショウやろが!」
この高杉を羽交い締めで逃さない文はどれだけ力があるんだろうか。
いや,今はそんな事を考えてる場合ではない。長州の要人が女子二人に殺されかけているのは見過ごせない。
「……文ちゃんフサちゃん,晋作には私から罰を与えるから一旦二人は離れようか。女子が血に汚れることは無い。それと九一,お前も共犯でいいんだな?」
「私は隣りで体拭いちょっただけです……三津に聞いてもらったら分かるけぇ助けてください……。」
大人の男が年下の女子に下帯一枚で正座させられてるだけでも屈辱なのにと泣きそうだった。
桂から言われるならそうせざるを得ない。二人は不服そうに高杉から離れて舌打ちをした。
「あ!入江さんに高杉さんまだこんなとこで遊んじょる!さっさと湯浴みしてきなさい!!」
入江と高杉には天の助け。セツが二人を呼びに来た。正確にはセツも説教に来たのだが二人はこれ幸いと着物を持ってすたこら逃げた。
「文ちゃん,つかぬ事を聞くが君も晋作の粗末なモノを見せられたのかい?」
「あいつが塾生やった時,まだ主人と夫婦になる前にお前は醜女やけぇ男の経験ないやろうから指南しちゃると全裸で迫られた事が。」
「うむ,特段厳しい罰を与えておく。」
「痛み入ります。では三津さんを慰めに行ってあげてくださいね。早くしないと赤禰さんに持って行かれますよ。」
文とフサはではと頭を下げて夕餉の支度に戻って行った。
そして桂は急いで今度は海へ向かった。
海岸へ行くと岩場に腰を掛けて,目……私の目が……と泣く三津の背中を赤禰が擦っているところだった。
「三津さん桂さんが迎えに来てくれたけぇ戻ろうか。」
桂に気付いた赤禰は三津の背中をぽんぽんと叩いて後ろ後ろと桂の方を指差した。
振り返った三津は桂の顔を見てふんわり笑った。
部屋を飛び出した高杉は三津を探して藩邸内を駆け回る。
「サヤさん!三津さんどこや?」
「三津さんなら浴場のお掃除してはりますよ。」
「おう!ありがとう!」
庭先の掃除をする手を止めて教えてくれたサヤに手を振って浴場に向かった。
「三津さん!話がしたい!」 魚尾紋消除
裾を捲し上げてしゃがみ込んで掃除をしていた三津は,高杉の勢いにビクッと肩を跳ねさせて口を半開きにして高杉を見上げた。
「お話?今?」
「今!あと人には聞かれたくないけぇ二人きりになれるとこはないか?藩邸内は誰が聞き耳立てちょるか分からん。」
「それなら藩邸出てすぐの河原なら……。今度は何が気になったんです?」
本当に思い立ったらすぐ行動なんだなと苦笑した。掃除を終わらすから待ってと言い聞かせててきぱきと掃除を終わらせた。
「聞かれちゃいけんけぇ静かに出るぞ。」
三津の手を引いて挙動不審にあちこちに視線を向けながら廊下を歩いた。
『ふざけてるのか真面目なんかどっちなんやろ。』
とりあえず付き合って気が済むのならそうするしかない。
「今度は何やらかしはるんやろ。」
忍び足で廊下を進む高杉と三津を,サヤは庭先からくすくすと笑って眺めた。
「すぐ戻るけぇ桂さん達には言うなよ!」
門番をしていた藩士に高杉はビシッと指を差して忠告して,さぁ河原に行けと三津に指示した。
「今度は何のお話ですか?」
「三津さんは稔麿庇って怪我したそ?」
「あぁ……。しましたね。新選組に捕縛されて拷問受けたんですよ。その話ですね?」
高杉は激しく首を縦に振った。
「桂さんは言葉を濁したそっちゃ。じゃけぇその話は本人以外が口にしちゃいけんような内容なんやろなって。」
『高杉さんなりに考えてはるんや……。』
「分かりましたお話しますよ。」
三津と高杉は河原に並んで腰を下ろした。
「拷問って……何されたん?」
「えっと殴られて蹴られて水の入った桶に顔浸けられたり……。途中から気絶しちゃって気付いたら斎藤さんの部屋で手当て受けてたんで覚えてたのは少しだけ。」
「怪我の程度は……。」
「左腕と肋骨が何本か折れてたみたいです。あとは口の中噛み切ってたのと全身痣だらけ。」
結構痛かったんですよと三津はへらへら笑った。高杉はまっすぐな目で三津を見ていた。
「誰がやったそ。それは。」
三津は眉を垂れ下げ困ったように笑った。
「土方さんです。副長さん。
元々その人に恩があって向こうの女中してたんですけどね。」
そしたら土方さんの女だと勘違いされて新選組に恨みのある奴らから命を狙われるわ,今度は土方に追われてた吉田を庇った事で長州の間者と疑われるわ。
でも長州の人間と分かっていながらその事実を隠して相反する者同士の間にいた自分の自業自得なんだが。
そう言って力なく笑っていると高杉の手が三津の頭に乗っかった。そして勢い良く撫で始めた。
「ありがとう!恩にきる!稔麿を助けてくれてありがとう!」
相変わらず顔は真顔で三津にはどんな感情を持って今こうしているのか理解出来なかったが感謝の言葉に照れ臭そうに笑った。
「稔麿が三津さんを危ない目に遭わせたくないって言うのがよく分かった。
責任感じちょるんやろなぁ稔麿。」
「ですよねぇ。もういいのに。こうやって生きてるんやし。」
「いやぁそりゃ一生あいつの中に残るやろ。好きな女子をそんな目に遭わせたんやけ。」
三津がしゅんとしてしまったのに気付いて言葉を続けた。
「でも三津さんが気にする事やない。それは稔麿が戒めとして背負ってくもんや。
三津さんは稔麿を救ったんやけ胸張ったらええそ。
稔麿は二度と同じ事せんように自分に刻み込むだけじゃ。」
茶化してるつもりでも,斎藤には通じなかった。
「何も考えないのも一つの手だ。ゆっくり休め。」
にっと笑ってみせる三津の頭にそっと手を乗せた。
それから優しく背中を押して甘味屋へと歩かせた。
三津はこくりと頷いた後,魚尾紋消除 小さく手を振って店の暖簾の奥に吸い込まれていった。「ただいまぁー!おばちゃん大福三つ頂戴っ!」
三津の威勢のいい声が店内に響いた。
店内に居た客達は目を輝かせて熱い視線を注いだ。
看板娘の帰宅に誰もが目尻を下げてお帰りお帰りと声をかけた。
三津もそれに笑顔で応える。
自分を甘やかしてくれる空気が心地いい。
功助とトキは目を丸くして顔を見合わせた。
それから頷き合って,大福を三つ包んだ。
「早よ帰って来ぃ。」
包みをそっと手渡しながらトキが囁いた。「それで十日間何すんの?」
「土方さんには考え方改めて頭冷やせって言われた…。」
トキによって山盛りにされたご飯をつつきながら溜め息をついた。
「そしたら明日は一日店番。暇になったら宗ちゃんと遊んでおいで。」
また話の内容とは関係ない事を言いつけられた。
何で?と首を傾げてトキに答えを求めた。
「今の頭で考えなんか改まるかいな。どうせ悪いようにしか考えん。」
それならいっそ何も考えるな。
答えを出そうとするな。
言葉は少ないけど,トキなりに三津を気遣った。
一人で抱え込まないで欲しい。
「それとあんたの寝言がどれだけ煩いか確認したる。」
それはつまり一緒に寝ようと言うお誘い。
いやトキが言うんだから一緒に寝てやるっていう方が正しいか。
『おばちゃんってちょっと土方さんに似てる…。』
言い方はきついけど本当は優しい。
トキは何食わぬ顔をしていて,功助はにこにこと穏やかに笑う。
つい最近まで当たり前だった日常がここにある。
何とも言えない安心感が,自分の居場所はここだと示してくれている。
「ホンマに煩くても怒らんとってよ?」
今は甘えていいんだと三津の肩の力が抜けた。
「あー…食べ過ぎた…。」
膳を片付けた後の居間に床を延べてごろんと転がった。
膨れたお腹をさすりながらふと思う。
『みんなどうしてるかなぁ…。』
ここ最近は屯所に居たって上の空で,ろくな仕事も出来ない癖にみんなの事が気になる。
今こうして楽をしているのが心苦しい。
「そない難しい顔せんでもええやろ。別嬪が台無しや。」
隣りに功助が横たわった。
三津の髪を梳きながら屯所での暮らしぶりを聞かせてくれと優しく微笑んだ。
三津は頷いて毎日の仕事やたえの事,壬生寺で為三郎や勇之助と遊んだ事を話した。
指を折ながら一つずつ話すうちに,三津の瞼がゆっくり下りてきた。
「寝たん?」
トキが食器を洗って戻って来た時には三津は寝息を立てていた。
「もう寝たわ。こうやって三人で寝るのは初めてやな。」
起こしてしまわないように柔らかく頭を撫でた。
三津を真ん中にしてトキも布団に入った。
「変に気遣ってばっかやから人に甘えるのが下手になるんや,この子は。」
今日は安心して眠ってくれる事を願いながら灯りを消した。「お三津ちゃんお茶一杯!」
「俺はお茶と団子!」
三津は朝からせかせかと店のお手伝い。
三津が帰って来た事はすぐに知れ渡り,三津目当ての客で溢れかえった。
『看板娘と言うのは出鱈目では無かったのだな。』
三津の姿が見える距離。
別の茶屋の長椅子に腰を掛けてお茶をすする斎藤。
「あっちの店はえらい賑わってんなぁ。あんな可愛らしい看板娘がおったら当然かぁ!」
斎藤の耳に届くように,わざとらしく声を張り上げて男が一人横に座った。
「何の用です?山崎さん。」
「そない冷たい言い方せんでも…。
市中を歩き回るのが俺の仕事やからな。
それより暇の間も護衛がつくとはよっぽど大事にされてんねんなぁあのお嬢ちゃん。」
山崎は好奇の目で三津を眺めた。斎藤は溜め息をついて首を横に振る。
でなければならない」
一瞬、俊冬がなにをいっているのか理解できなかった。
「あのなぁ……」
が、すぐに思いいたった。
俊冬は、昔の刑事ドラマの取り調べのシーンのことをいっているのである。
『なぁ、魚尾紋消除 俊冬よ。吐いちまえよ。その方がラクになれるぞ』
そんな感じだろうか。
「あんなのはドラマだけだ。実際、取り調べでカツ丼なんかとるものか」
そういいながら、その当時の刑事ドラマだと、カツ丼を出前するのは岡持ちだったんだろう。だけどいまどき、つまり現代だと「Ub〇r Eats」なんかがするんだろうなって、どうでもいいことをかんがえてしまった。
「だから、そんなことじゃない」
「たま」
「たま先生」
「たま先生、ぽち先生は?」
ちょうど副長もやってきた。島田と相棒、それに市村と田村もいっしょである。
おれの怒鳴り声をきいたのか、そのタイミングで厩から安富と蟻通と伊庭がでてきた。
安富はお馬さんたちと親密なときをすごしていたが、蟻通と伊庭はひと眠りしていたのである。
ナイス、市村と田村。
おれでは尋ねにくいことも、かれらならストレートに尋ねてくれる。
かれらは、悪気などまったくない無垢な天使みたいに、俊冬にまとわりついた。
やはり……。
俊冬も抜かされている。
もちろん背を、である。
俊冬は市村と田村にまとわりつかれ、じゃっかん上目遣いになりつつ「世の無常」に気がついたらしい。
いや……。
これまでごまかし、目を背けていた事実を嫌でも思い知らされたと表現した方がいいかもしれない。
副長似のイケメンの眉間に、本家もびっくりなほどの皺が濃く深く刻まれた。
ふふん。みんなどんどん背を抜かされればいいんだ。そして、現実がどれほど無慈悲で冷たいものかを思い知ればいいんだ。
俊冬の眉間の皺をみつめつつ、心の中で快哉を叫んでしまった。
「たま先生、ぽち先生はどこにいるのですか?」
「ぽち先生の怪我は、大丈夫なのですか?」
かれらの身長が伸びるということは、ごく自然な出来事である。それが、人体の構造である。逆にいうと、成長しない方がおかしいし不自然である。
ゆえに、かれらはちっとも悪くない。
たとえここにいるほとんどの大人に不快感をあたえようが、絶望を知らしめようが、かれらはちっとも悪くない。
ちっとも悪くないのである。
だけどきみたち、竹の子じゃないのだから、そろそろ縦に伸びるのはやめておこうぜ。
そう忠告をしたくなってしまう。
「鉄、銀。悪いけど、ちょっと離れてくれないかな?」
俊冬は、やわらかい笑みとともに二人にお願いをした。
「ええっ?たま先生までそんなことをいうのですか?」
「最近、みんなちかづくなっていうのです」
二人にちかづいて欲しくないのは、おれたちだけではないらしい。
かわいそうだが、そこは男の矜持を護るためということで、素直に受け入れて欲しい。
「ごめん。主計がそうしろっていうからね」
「また主計さん?」
「ひどすぎる」
ちょっ……。
俊冬、またおれをはめるのか?
親父にいいつけてやる。「主計さんのことはどうでもいいです」
「うん。もう諦めているし」
ぐっ……。
どうでもいい?諦めている?
どういうこと?
「ああ、そうだった。ぽちのことか?大丈夫だと思う。まだ、生きているみたいだから」
俊冬は、さらっとしれっとざっくりと答えた。
そのあまりにもテキトーすぎる答えに、この場にいる全員が唖然としている。
いや、俊冬。俊春が生きているのはわかっている。そうじゃない。
おれたちは、かれの具合がどうなのか詳細を知りたいんだ。
それから、かれがいまどこにいてどうしているのかも知りたい。さらにいえば、会いたい。会って看病の一つくらいさせてもらいたい。
「看病なんて必要ないよ」
そのとき、俊冬がこちらのだだもれの心の中のつぶやきに気がついたらしい。
かれがおれをまっすぐ見、断言した。
「唾をつけて「pain, pain, go away!」っていっておいた。だから、眠ったら治る」
「そんな馬鹿な。そんなの、ただの気休めじゃないか。ってか、なんて原始的、いや、野性的なんだ。いくらぽちでも、野生の動物じゃないんだから眠ったら治るってことはないだ……」
そこまでいいかけ、思いなおした。
俊春なら、どんなことだってあるあるだ。
ちなみに、「pain, pain, go away!」は、日本でいうところの「痛いの痛いの飛んでいけー」である。
「たま、いいかげんにせぬか。せめて、俊春の様子ぐらいみさせてくれ。どこにいる?」
みかねた副長が助け舟をだしてくれた。
「あー、本当に大丈夫ですから」
それでもなお、かれは頑なに教えてくれようとしない。
「ねぇ、たま先生。ぽち先生にちょっとだけ会いたいんだ。ダメ、かな?」
「たま先生、ちょっとだけだから。ねっ、いいでしょう?ねぇ、教えてよ。お・ね・が・い」
なんてこった。市村と田村は、さらなる手段を用いてきた。
「わかったわかった。兼定兄さんが教えてくれるのなら、案内してくれるはずだから」
そして、せこいかれは対応を相棒にぶん投げてしまった。
「それでは副長、そろそろ参りましょう」
「ちょっと待て。ぽちのこともそうだが、おれを狙った連中というのはどうなった?」
いつの間にか、副長が俊冬の懐の内に入っていた。
「あなたを狙ったのは三名でした。三名が、ちがう角度から同時に銃を発射したのです。あいつは、二個の